PVD/表面処理関連コラム

2022年11月 9日

コーティング技術によってつくられる膜のうち、特に薄いものは「薄膜(はくまく)」と呼ばれています。
今回は、薄膜の定義や求められる条件を考えながら、薄膜を実現するコーティング技術、そのコーティングの耐久性、薄膜のメリットや活用分野などを解説します。

薄膜とは

薄膜(はくまく)とは、ごく薄い皮膜を形成してコーティングを行うこと、またはその皮膜のことを言います。
一般的には、10μm以下の膜が薄膜と呼ばれます。しかし、100μmでも薄膜と呼ぶ場合もあり、厳密な定義はありません。
分野によって薄膜という言葉を使う場面や目的が異なり、通常扱う皮膜より薄い皮膜であれば、薄膜と呼ばれていることもあります。
現代のコーティング技術では、1μmよりさらに薄い皮膜形成も行われています。1μmは髪の毛と比べてみても、非常に薄い膜であることがわかります。

薄膜に求められる条件

薄膜は、皮膜によってコーティングされるものを保護したり、表面の性質を変えたりすることを目的としてつくられます。

対象の保護を主な目的として考えたとき、もし、その皮膜がすぐに摩耗してしまった場合、どうなるでしょうか。短時間はその対象を皮膜によって保護することができたとしても、皮膜がなくなればすぐに対象自体が露出することになり、目的を果たすことができません。
これが長時間繰り返して使用することが想定される機械の部品であれば、製品としての価値は非常に低いものとなってしまいます。

こうした事態が起こらないように、薄膜でコーティングを施す場合には、その皮膜の硬度が高く剥がれにくいことが条件となります。

薄膜をつくる方法

薄膜は、硬度と密着性に優れていなければ製品としての価値を持たせることができないということがわかりました。
では、そういった特性を持つ皮膜形成ができるコーティング技術には、どのようなものがあるでしょうか。

代表的なコーティング技術はめっきと蒸着の2つに大きく分けられますが、めっきは主に50μm以上の皮膜形成を得意としており、10μm以下の皮膜形成はできません。

これに対し、蒸着の中でも、イオンプレーティングやスパッタリングなどの物理蒸着(PVD)は、1μmからコーティングとしての性能を出すことができ、薄膜の形成が可能です。

十分な硬度を持ち密着性の高い皮膜をつくることのできる物理蒸着(PVD)は、薄膜が求められる場面に適したコーティング技術ということができます。

薄膜の耐久性

コーティングは、その対象となるものをできる限り長く保護するため、耐摩耗性に優れていることが求められます。
皮膜の耐摩耗性を向上させることを考えたとき、次の2つのアプローチがあります。

  • 皮膜の硬度を高くして長持ちさせる
  • 皮膜を厚くして長持ちさせる

皮膜の硬度が高いコーティング技術としては、物理蒸着(PVD)があげられます。特にDLC(ダイヤモンドライクカーボン)によるコーティングは非常に硬度の高い皮膜形成が可能で、現代において最も硬い皮膜をつくることのできるコーティング技術です。
一方、一定の硬度と皮膜の厚さによって耐摩耗性を向上させることができるのは、めっきや溶射などのコーティング技術です。薄膜の形成は得意ではありませんが、皮膜の厚さによって、皮膜が摩耗するまでの時間を長くすることができます。

それでは、硬度と厚さ、どちらが有利に働くのでしょうか。

次の図は、一般的なPVD硬質膜、WC溶射、Cr(クロム)めっき、コーティングなしの鉄鋼材料の4種類を土砂摩耗試験によって比較したものです。

この試験では、PVD硬質膜はコーティングがない場合と比較して摩耗量が1/1000WC溶射と比較しても1/20の摩耗量という結果となりました。
現在、物理蒸着(PVD)では10μm以上の皮膜形成も可能なコーティング装置があります。溶射が100μmの皮膜形成をした場合でも、硬度と膜厚を考慮すると物理蒸着(PVD)の耐摩耗性が優れているということがわかります。
また、薄膜であることが求められるような場面では、PVD硬質膜の優位性がさらに高くなります。
高硬度の皮膜を形成できる物理蒸着(PVD)では、薄膜でも十分な耐摩耗性を持たせることができます。

薄膜であることのメリット

下記では、薄膜が求められるケースや、薄膜であることがメリットとなる利用シーンを紹介します。

金型の製造時

金型の製造において公差±0.05mm50μm)が指定されていたとします。

このとき、100μm近い厚さの皮膜を形成するめっきや溶射では、膜厚を考慮して金型の切削をする必要があります。また、コーティングをしたあとに公差内に収めるために研磨や研削など後工程の仕上げ作業が必要になる場合もあります。

一方、物理蒸着(PVD)によって3μmの皮膜でコーティングした場合はどうでしょう。この皮膜の厚さは、すでに公差の範囲内に入っています。よって、金型の切削工程において指定寸法通りに仕上げ、そのあとにコーティングをしても公差からずれることはありません。そのため、後工程の仕上げ作業も当然、必要ないということになります。

このように、薄膜であれば製造工程を簡素化できるというメリットがあります。

切削工具の刃先

次に切削工具を考えます。

切削工具は金属を削り取っていくための刃物であり、刃先は刃物の切れ味を左右する重要な部分です。

もし、刃先に厚い皮膜のコーティングをしたらどうなるでしょうか。刃先の角度に合わせて皮膜を鋭利に密着させることは通常は不可能ですから、刃先は丸みを帯びてしまいます。これでは刃物としての性能を十分に発揮することができません。切削効率と仕上げ精度が低下し、切削抵抗が増すことで高温になり切り粉が切削工具へ溶着したり、切削工具が欠損したりすることも考えられます。

コーティングが薄膜であれば、刃先の角度を維持したままのコーティングが可能です。鋭利な刃先の角度はそのままに、耐摩耗性やしゅう動性を切削工具に付与することができます。
当然ながら、この場合も皮膜の硬度や密着性の高さは前提条件となります。

薄膜が活用されている分野や用途

薄膜によるコーティングは、切削工具や金型のほか次のような分野でも活用されています。

電子工業分野

  • 集積回路・半導体素子の電極や配線、絶縁膜、保護膜、半導体など
  • 表示素子の透明導電膜、絶縁膜、保護膜、蛍光体など
  • 磁気素子の軟磁性膜、硬磁性膜、ギャップ材、絶縁膜など
  • オプトエレクトロニクス素子の光導波路、光記録、光時期記録など

エネルギー関連分野

  • 太陽電池の電池、透明導電膜、電極、反射防止膜など
  • 光熱変換素子の選択吸収膜、反射膜、選択透過膜など

工学分野

  • 反射膜、反射防止膜、保護膜など

機械工業分野

  • 耐摩耗、耐食、耐熱、潤滑など

プラスチック加工分野

装飾目的や自動車部品など

薄膜形成には高い硬度と密着性を実現できるコーティング技術が必要

薄膜について、言葉の意味や求められる条件、薄膜をつくることのできる技術、試験結果から見る耐久性、薄膜のメリットや用途などを紹介しました。

薄膜という言葉が表す皮膜の厚さは業界や分野によって異なるものの、薄い皮膜によって十分な耐摩耗性を得るためには皮膜硬度が必要という点は変わりません。このとき、高い硬度と密着性のある皮膜を形成できる物理蒸着(PVD)は、薄膜に求められる条件を満たすコーティング技術ということができます。

神戸製鋼所では、1986年からPVDコーティング装置の研究開発を行い、多くの販売実績があります。物理蒸着(PVD)の手法の中で主流となっているイオンプレーティングとスパッタリング、どちらの装置もラインナップし、全世界で600台以上の納入実績を持っています。

当社では、お問い合わせいただいたお客様からご要望をカウンセリングし、PVDコーティングを行いたい製品に対し実際にコーティングをして返送するサンプルテストも行います。

製造環境や要件に合わせた仕様を選択でき、必要な条件によって装置の仕様変更が可能です。お客様がお望みのPVDコーティング装置を提供させていただきます。

 
page top